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限りなくテキトーな現代防弾チョッキの材質話

昨今の情勢で割と暇を持て余してしまっているので、またもや謎の記事を書いてしまった。個人的なメモ代わりだが、例によってネット上で得られる情報をまとめたもので正確性については限りなく怪しい。

矛と盾ではないが、攻撃手段に対する防御手段は常にイタチごっこの様相を呈するのが常であり、銃とその防御手段についても同様である。ここではその中でも衣服のように着用する形の防御手段である軟質の防弾チョッキで現在主に用いられる素材について簡単に紹介したい。

 

アラミド繊維

比較的初期の銃は、発射される弾丸の初速や形状、硬度などの制限のため、現代のそれに比べれば比較的防御しやすく、厚手の衣類程度のものも存在した。しかし、銃とそれが撃ち出す弾丸の性能が向上するに従い防弾チョッキ側もより高い性能を求められ、弾丸を受けても突き抜けたりせず、また受け止めた後に大きく伸びることのない性能が必要となっている。また、特に軍用であれば銃弾だけでなく砲爆弾の飛散破片への対処も重要で、以前から存在したいわゆるフラグメンテーションベストとしての機能も求められる。現代ではそれらの性能を満たすために高性能の化学繊維が用いられているが、その中でおそらくもっとも広く知られているのがアラミド繊維ではないだろうか。記事を書いている当人の学の都合であまり詳細な説明はできないが、簡単に言うとポリアミド、いわゆるナイロンと同種のポリマーということになる。構成する化合物の炭素原子が鎖状構造であるのが脂肪族化合物でありナイロンもこれに含まれるが、アラミドは炭素原子が正六角形状の構造をしていることの多い芳香族化合物に分類され、芳香族ポリアミドと呼ばれることもある。その中でも構造の違いによりパラ系アラミドとメタ系アラミドに分かれるが、防弾チョッキでは引張強度や弾性率に優れるパラ系アラミド繊維が用いられる。1960年代に開発された繊維で防弾用としては最も初期に登場していることもあり、製造コストは後発の繊維に比べて有利で現在でも多く用いられている。また、耐熱防炎素材として用いられるメタ系アラミド繊維ほどではないが難燃性や耐熱性にも優れており、特に火災や高熱が考えられる典型的な戦場でも機能を発揮しやすい。欠点としては水分を含むと性能が低下しまた劣化も促進されることや、紫外線や薬品への耐性が低いことが挙げられる。そのため、防弾チョッキで用いられる場合は防水や紫外線防護のために気密性の覆いをかけたり、繊維自体に撥水加工を施したりして用いられることが多い。

 

超高分子量ポリエチレン繊維

防弾チョッキの素材としては前述のアラミド繊維が長くその地位にあったが、近年新しい素材として台頭しつつあるのがUHMWPE、超高分子量ポリエチレンである。その名の通りエチレン系のポリマーであるポリエチレンの分子量を高めたもので、防弾チョッキに用いられるUHMWPE繊維としては1980年代後半頃に開発された。性能面では引張強度や弾性率がアラミド繊維より高いのが大きな特徴で、比重が1以下であり水に浮くなど軽量なのも優位な点である。他にも水分での性能低下が少ない、紫外線や湿度、薬品への耐性が高いといった点で優れており、一般的環境下ではアラミド繊維より高い性能を持っている。しかしながら欠点もあり、もっとも重要な点は高温環境に弱いことである。90℃以上では顕著に強度が低下し、120℃を超えると溶融してしまうので、特に火災環境や高温の飛散物とは相性が悪い。また、アラミド繊維に比べて耐弾時の後部変形量が大きいとも言われるが具体的理由は見つけられなかった。繊維自体の弾性率は高いはずなので、個人的には同一強度ではより薄くできるために、その分変形量が大きくなるのではないかと考えているがあまり自信はない。加えてコスト面ではアラミド繊維に比べて2から3倍程度の差が生じることもあり、完全に置き換えるには至っていないのが現状である。

 

PBO繊維

高強度の繊維としては、アラミド繊維が第1世代、UHMWPE繊維が第2世代と呼ばれることがあるが、いわゆる第3世代とされるのがPolyphenyleneBenzobisOxazole繊維である。通称PBOと呼ばれるこの繊維はポリベンゾアゾールというポリマーの中の一種で、パラ系アラミドを超える繊維として開発が進められた。その性能はほぼパラ系アラミドの上位互換と言っていいほどで、特に強度と弾性率はパラ系アラミドを軽くしのぎ、耐熱難燃性に至ってはメタ系アラミドを超えて有機繊維中最高とも言われている。このような性能なので当然防弾チョッキ素材としても注目され、1990年代後半にはこの繊維を用いた防弾チョッキが製品化された。しかしながら、2000年代初頭にPBO繊維製防弾チョッキを着用した警察官が、本来であれば阻止できるはずの銃弾を受けた際に弾丸が貫通し死亡するという事件が起こる。当然ながら大きな問題となり原因が調査された結果、水分や紫外線を含む可視光線に対する耐久性がアラミド繊維に対してかなり劣ることが判明した。また、生地の折り曲げなどによって性能が低下する可能性もあるとされた。当然繊維企業はその事実を把握していたが、防弾チョッキ製造企業が対策を怠り、また繊維企業も製品の欠点を大きくは公表していなかった可能性もある。この事件により防弾チョッキ製造企業は破産し、その社長兼CEOと繊維製造企業はユーザーに和解金を支払うことになった(ただし責任の有無が決定されたわけではない)。現在はPBO繊維が防弾チョッキに使用されることはなくなったが、その高い性能が否定されたわけではなく、難燃性の求められる防火服やタイヤの補強材、テニスラケットなど他分野では多く用いられている。また、劣化の原因となる製造時に用いられる酸性の化合物を用いない製造法も研究されており、これが実用化されれば再び防弾チョッキの素材として返り咲く可能性もある。

 

 

以上が現代の主な軟質防弾チョッキの素材であるが、これらの素材は防弾チョッキだけでなく、熱硬化樹脂などで固めてヘルメットやいわゆる耐弾プレートの一部とすることもある。また軽量かつ高強度である特性を生かして車両の耐弾/耐破片用に用いられることも多い。通常の製品では基本的に被覆や塗装をされているためどの素材が用いられているのかは外観からは分からないが、繊維の色が特徴的なので断面や破損部位等からその種類を確認してみるのも面白いかもしれない。

 

 

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 この画像は一般の作業用衣料の販売店で購入できる耐切創手袋であるが、防弾チョッキと同系統の繊維を使用したもので、黄色のものがアラミド、白色のものがUHMWPEを用いている。特にUHMWPEは基本的に繊維自体を染色するのが困難なので比較的分かりやすい。

 

 

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実際の一例として、以前撮影した米国海兵隊の装甲車両であるLAV-25の車体側面にある増加装甲の画像を載せておく。表面の塗装が剥がれている場所を見ると、恐らくアラミド繊維を樹脂硬化、またはそれによってセラミック等を包んだ板状の装甲という事が推察できる。ちなみに画像にはないがPBOはやや暗い黄色となる。

 

 

余談になるが、本邦では以前からこれらの繊維を研究開発しており、上記の各繊維もすべて国内で製造できる。大量生産の一般衣料向け繊維では国際競争力が衰えてはいるが、高性能繊維では今でも第一線級の技術力がある、と言えるのかも知れない。