眼鏡収納箱

写真と長くなりそうな話の物置

限りなくテキトーな小火器用プリズム式照準器話

本来であれば、そろそろどこかの観光地や自然の写真の記事でも作りたいところだったが、例によってこの情勢下なのでそういうわけにもいかず、しかし時間はそれなりに持て余しているのでまた怪しい記事の作成に至ってしまった。

以前から小火器で用いられる屈折式照準器には興味があり、特にプリズムを用いたものは、いわゆる望遠鏡のようなレンズのみを用いた照準器に比べて理解しづらいところもあったので、良い機会だと思い軽く調べてみることにした。ここでは有名な製品であると思われる2点を例として概説しようと思う。

 

 

固定倍率プリズム式照準器(Trijicon ACOG)

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参考画像(特に意味はない)

始めに紹介するのは、米国をはじめとして多くの国での採用実績のあるTrijicon社のAdvanced Combat Optical Gunsight、通称ACOGである。来歴についてはすでに周知と思われるが簡単に説明すると、以前から双眼鏡に用いられていたようなプリズムを小火器用の照準器に用いたはしりと言える照準器の内のひとつで、今でこそ小型の照準器としての地位を確立したこの形式だが、1980年代以前は光学設計的に不利で解像度や精度に劣る、あるいはよりコストがかかると思われていた。しかし、設計や技術でこれらの問題を低減し、結果として実用的かつ小型軽量な照準器ができあがった。特に2000年代には主に中東地域で遠距離の交戦が多発したため、スナイパーではない通常のライフルマンのような兵士にも使いやすく、拡張された照準あるいは捜索能力を付与できるACOGは高く評価され、多くの国に採用されるに至った。現在ではライフル用以外にも多くの倍率やレチクル等の種類があるが、ここでは特に基本形の4x32 TA01とその系列機種についての説明とする。

さてこのACOGであるが、既に説明した通りプリズムを使用した照準器というのが大きな特徴であるが、このプリズムを使用する目的についても簡単に説明しておく。従来の照準器あるいは望遠鏡は、主にレンズのみを使用して目標、風景等を拡大して見るのが主な目的である。この場合、一般的に倍率を向上させるには焦点距離を長くする必要があり、筐体もそれに合わせて長くなる。また、通常の望遠鏡等はそのままでは上下左右が反転、倒立した像が形成されるため、顕微鏡や天体望遠鏡を除けばそれを肉眼で見るのと同じかたちに正立させる必要がある。レンズのみを使用する従来の照準器では、焦点距離やレンズによる正立系を組み込む都合上筐体がある程度長くなるのは避けられない。そこで光路にプリズムを用いると、プリズム内で光線が偏向することにより距離が確保でき、またプリズムを組み合わせて像を正立させる機能を持たせることもできる。これによってより小型の照準器とすることができた。

ここからは、恐らく初期のACOGの特許と思われる米国特許番号4806007から構造を説明する。 

 

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あくまで構造の概略を示すものなので参考までに

 

上図は特許の説明図を簡略化したものであるが、大きくは対物レンズ系、プリズム正立系、接眼レンズ系の3つに分かれている。かなり簡単に説明すると、対物レンズ群で目標の像を縮小及び倒立させ、そこからプリズム正立系で正立、対物レンズ群からプリズム内を含めた距離で焦点距離を確保し、接眼レンズ群で像を拡大、平行光として使用者の眼に像を届けるのが基本的な構造である。また、ほぼ焦点距離となる位置のプリズム面にはレチクルが刻まれており、像に照準用の線や距離表示等を付け加える。また、レチクルは反射面を削ることで表示されている、すなわちレチクル表示部分は穴が開いたような状態となるので、その後方に発光部を用意することでACOGの大きな特徴ともいえるレチクルの発光機能を実現している。ちなみに発光は昼間では光ファイバーによる自然光導入またはLEDにより、夜間及び暗所では社名の由来のひとつでもある三重水素による蛍光または昼間同様LEDにより行われる。

プリズム式特有のもの以外のACOGの技術的特徴としては、先述のレチクル発光機構や、照準線の規正の際にプリズムハウジング自体がプリズムを中心として上下左右に向きを変えるため、レチクル中心が接眼部中心から移動せず、像自体が移動することが挙げられる(ただしこれについては翻訳の正確性に自信がないので正誤については保留したい)。また、機種にもよるが一般的なライフルスコープと違い意図的に短くされたアイリリーフや、十分広く取られた射出瞳径など、ライフルマンがいわゆるダットサイトのように軽易に用いることができるのも特徴といえる。欠点としては、プリズム式特有の問題としてプリズムの取り付け精度の問題がある。これはプリズム式の双眼鏡等でも発生するもので、プリズムの傾きが像に顕著に影響を与えてしまうため、複雑なプリズム形状に合わせて確実に固定し、組立はもちろん使用中の衝撃にも十分注意を払う必要がある。ACOGは現代のライフルと同様の7000系アルミニウム合金が用いられ大変高い剛性を持っているが、照準線の規正のためにプリズム自体が動く仕組みもあり、プリズムの固定のために強固な筐体が必要だからともいえる。

余談になるが、Trijicon社の創設者であるGlyn A. J. Bindon氏は、両目を開き、片目は照準器を通しもう片目は裸眼で直接目標を見通して、脳内でそれらの画像を合成するBindon Aiming Concept、BACを発見、提唱したわけだが、これは次の項で併せて解説したい。

 

可変倍率プリズム式照準器(ELCAN SpecterDR)

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(同上)

 

次に紹介するのはACOGと同じプリズム式照準器で、これをより発展させたかたちとなるELCAN Optical Technologies社のSpecterDRである。 この企業、元をたどればErnst Leitz Wetzlar社、いわゆるライカを製造していた企業の北米支社だったそうで、ELCANという元の企業名もErnst Leitz CANadaの略らしい。しかし現在ではLeica Camera社との関係はなく、米国のRaytheon社の傘下となっている。ELCANとしてはSpecterOSというACOGに相当する照準器があり、例えば倍率3.4倍のものが加国や米国でC79/M145として、倍率4倍のものが英国で使用されているが、現在はそれに加えてSpecterDRという新しいコンセプトのプリズム式照準器も製造している。これは従来のプリズム式照準器に複数の倍率を選択できる機能を付加したもので、特にレバー操作により瞬時に倍率が切り替わる点で画期的といえる。従来のレンズ式照準器においても可変倍率式は存在するが、通常はリング回転による無段階式で操作の手間がかかり、設計によっては倍率に応じてアイリリーフが大きく変化してしまうこともある。これらの問題を解決し、コンパクトで使い勝手の良い可変倍率照準器を狙ったのがSpecterDRという事になる。

ここからは先のACOG同様、特許情報から構造を簡単に解説したい。米国特許番号は7869125となっている。

 

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部位の名称は特許資料を元に意訳しているので多少異なる場合がある

 

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倍率1倍時
 

上図が特許資料を基に簡略化した構造であるが、レンズ構成は大別して第1結像群、第2レンズ結像群に分類される。文章よりも画像を参照した方が分かりやすいが、第1結像群は対物レンズ群、絞り、正立プリズム、接眼レンズ群で構成されており、第2レンズ結像群は第1対物レンズと第2対物レンズで構成されている。ACOGと最も異なるのは可変倍率を実現するために追加された第2レンズ結像群であり、それを除けばレンズ構成や機能に大差はない。まず第2レンズ結像群はレバー操作により光路に対して直角方向に回転する機能を有し、光路が結像群に含まれる2つのレンズ間の空洞を通ることによって第1の倍率、すなわちACOGとほぼ同様の照準器として機能する。そしてレバー操作によって第2レンズ結像群を光路中に回転挿入することによって第2の倍率を得る仕組みになっている。特許資料によれば、第1の倍率は第2の倍率よりも高い倍率であるのが望ましいとされている。ここで興味深いのが、前記の通り第2レンズ結像群が挿入されていない状態ではACOGと同様、つまりより大きな倍率の照準器として機能することである。素人考えではまず低倍率があって、レンズを追加することによってより倍率を上げるようなイメージをしてしまうが、実際は追加によって倍率を下げる仕組みとなっている。これは、回転する構造のレンズ群が光路に挿入されれば少なからず精度に影響が出るため、低倍率の方がその影響が少なくなるというのが理由のひとつである。また、レンズ枚数が増えれば当然像の明るさも低下することになるが、こちらも低倍率側で負担することにより影響を回避している。

現在のSpecterDRにはいくつかの倍率による違いが存在するが、特許資料では特に低倍率は等倍に近い方が望ましいとある。これは裸眼に近い倍率にすることにより、近距離でいわゆるダットサイトのような使用法を意図してのことであるが、これは先のACOGの項の最後に触れたBACへの適応も目的のひとつとされている。BACは先述の通り、両眼視により広い視野と目標への正確な照準を両立するのが目的であるが、提唱元であるGlyn A. J. Bindon氏もしくはTrijicon社では、照準器のレチクルの十分な発光により実現できるとしている。しかしこの特許資料によれば、照準器側にも十分な視野がなければBACの理論には十分足りえないとし、レンズを通してより広い視野を確保でき、かつ肉眼に近い倍率により両眼でほぼ同様の像が得られる方がダットサイトや等倍でない照準器に比べて有効というのが結論の様だ。これについては個人的にも異論があるが本筋ではないので割愛する。

可変倍率を除いたSpecterの特徴には、ACOGより比較的長く取られてマウント位置の自由度が高いアイリリーフや外装式の照準規正機能がある。どちらもSpecterでは概ね共通の仕様で、特に外装式照準規正機能は外観で分かる大きな特徴になっている。その名の通りレチクルの調整が外装式なのだが、要するに内部のレチクル板のようなものを動かすのではなく、照準器自体を銃との間に位置する取付マウント上で動かすことにより規正を行う仕組みになっている。規正機能が外部にむき出しのため引っかかりや破損の原因となりうるが、逆に照準器内部の可動部位を局限できるので、特に先述のプリズム固定精度の向上においても有効な方法となっている。アイリリーフについても、倍率変更で大きく変わることのないように配慮して設計されており、目標を照準したまま倍率を容易に変更するという目的に応じた作りになっている。欠点については先の通り、可変倍率としてはある程度低減されており、可変倍率機構自体が通常焦点距離を稼ぐための空間に挿入されるので、特に前後方向の寸法への大きな影響もない。しかしながら、可変倍率機構の可動部を内蔵するためやプリズムの形状、外装式の照準規正機構等により幅や高さ方向に対する若干の大型化への影響があり、また各機構や筐体強度、レンズ枚数等により重量は増加する傾向にある上に、設計技術やレンズ自体にもより高い性能が求められる為にコストも上昇しがちになっている。とはいえ全般としては従来のレンズ式照準器に比べても遜色のない性能や優位性を有しており、今後はより一般的になっていくかも知れない。

 

 

というわけでプリズム式照準器についての概説であったが、今回も例によってインターネット上の情報のまとめであるので正確性については保証しかねる。特許情報についても実際の製品とは差異があると思われるので、あくまで基本的な設計の参考程度に考えてもらいたい。また、初期のプリズム式照準器にはあとひとつ、ACOGに先駆けて開発された英国のL85の照準器として有名なSUSATもあるが、あまり良い資料が得られなかったので今回は省略した。機会と資料があれば加筆するかも知れない。

今回の記事を書くにあたっての調べものでは関連する面白い発見がいくつかあってなかなか楽しかった。例えばBAC以前には、照準器に相当する部分に外部視界ゼロのレチクルのみを表示させる方法もあったらしく、脳内で合成する理屈は同じでもさすがに想像のつかない方法だと思った。また、等倍にも関わらずアイリリーフや目の位置に気を遣う屈折式の照準器について以前は存在意義が理解できなかったが、視野を広く取れることでBACに有効という考え方はなかったのでこれも新鮮であった。屈折式の照準器であるレンズ式やプリズム式の他にも、反射式のダットサイトやホログラムサイトなど他にも多くの照準器が存在するので更に調べてみるのも面白いかも知れない。

 

さて、最初に書いた通り本来はもっと普通の(普通の定義にもよるが)記事を作りたいので、今後の情勢が落ち着けばこのような記事はまれになると思う。というかこのままでは専門ブログサービス向けになってしまいそうなので何とか落ち着いてほしい。