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写真と長くなりそうな話の物置

限りなくテキトーなアイプロテクターの規格

久しぶりに表題について調べものをしたので、個人的な記録として残しておく。

例によって軽く調べた程度の情報であり、内容もかなり端折ったものになっている。訂正も恐らくされないので、軽く聞き流す程度にして欲しいといういつもの予防線を張っておく。

 

 

さて、今回については特に本邦及び米国における保護めがね、セイフティグラスの規格についてになる。主に産業における目の保護用品の規格となるが、日本ではJIS、日本産業規格において規定されており、同様に米国ではANSI、米国国家規格協会において定められた規格が存在する。ここでは現在インターネット上で参照できる規格として、JIS T 8147:2016及びANSI Z87.1:2010を参考に確認、比較をしていく。なお、ANSI Z87.1は2015と2020の二度改定されているが、軽易に入手することが困難だったので今回は若干古い2010を参照している。調べた限りでは2015は技術の向上による新規素材に関する追加が主で、2020は特殊な用途における光学基準の緩和、防雲性能の基準の追加等がなされている。余談になるが、旧来は日本工業規格と呼ばれていたJISであるが、現在は上記の通り日本産業規格という名称に改められた。

 

この2つの規格はどちらも大きくは目の保護具について定義されているが、具体的な種類については若干異なる。まずJISについては、スペクタクル型、フロント型、ゴグル型の3つに大別されている。スペクタクル型はいわゆる一般的なめがねもしくはサングラスのような形状のもので、ゴグル型は眼の周辺を覆うような形状の、一般的にヘッドバンドなどで頭部等に固定して用いるものをいう。フロント型というのは、めがねに取り付けて用いるいわゆるクリップオン、もしくはヘルメットに取り付けるフェイスシールドのようなものとなっている。

一方のANSIについては、形状としての定義はJISと概ね同様のSpectacle、Faceshield、Gogglesが定められている。しかしANSIではそれに加えて規格内でWelding Protectors(溶接用保護具)についても定められており、別途JIS T 8141「遮光保護具」やJIS T 8142「溶接用保護面」において定められているJISと異なる点となっている。

 

今回については、特にミリタリ的に飛来物に対する目の保護に重点を置いて解説することとし、ANSIの溶接保護具や液滴等に関する規定については割愛して話を進める。

 

 

ここからは規格において定められている備えるべき要件についてになるが、JISでの規格名「保護めがね」の通り、この保護具には主に”めがね”としての構造と”保護”の為の機能が備わっている必要がある。そのため、今回はめがねとしての光学的特性及び物理的特性、そして保護性能の3つに分けて見ていこうと思う。なお、これ以降の解説では双方の規格が指す同様の項目については、主にJIS側での名称を用いる。

 

まずは光学特性についてだが、どちらの規格についても大きく3つの項目で基準を満たさなければならない。1つ目は平行度と言い、これは肉眼で何も通さずに物体を見た時と、保護めがね越しに物体を見た時の像がどれだけずれているかを評価する項目となっている。JISの場合は「0.16cm/m以下」とされており、文字通り1m先の物体を肉眼で見て、その後保護めがねを通して見た時に物体の位置が0.16cmを超えた位置に見えてはならないということになる。ANSIにおける同項目の許容値は形状によって異なり、それぞれスペクタクル「≦0.50Δ」、ゴグル「≦0.25Δ」、フェイスシールド「≦0.37Δ」、溶接保護レンズ「≦0.50Δ」とされておりJISと単位が異なるが、1Δは1m先の像を1cm偏光する屈折力なので、これをcm/mに直すとスペクタクル型で「0.5cm/m」になる。また、ANSIの場合はそれに加えて左右のレンズでの平行度の差についても細かく許容値が設定されており、上下方向及び左右の内側方向、外側方向で概ね先の許容値と同等か半分以下程度で規定されている。JISにおいては細かい規定がないが、そもそも基準がかなり厳しい数値なので影響は少ないと考えられる。

2つ目は屈折力で、JISにおいては主となる視軸とその周辺40mm以内の位置において球面屈折力が「±0.16D以下」で、円柱屈折力も「≦0.16D」とされている。筆者自身があまり光学に明るいわけではないので正しく理解しているかは怪しいが、簡単に言うと屈折力は例えばレンズの上下方向と左右方向で異なる場合があるので、その最も大きい屈折力を持つ方向と最も小さい屈折力を持つ方向の二つの屈折力の平均を±0.16D以下とし、大小二つの屈折力の差も0.16D以下と定めているということらしい。また、ここでの屈折力の単位である「D」であるが、眼鏡やコンタクトレンズを使用している方にはおなじみの数値で、例えばこの0.16Dを-0.16Dとすると、眼鏡で言えば625m先に目の焦点が合う人が無限遠まで焦点が合うように補正する際の度数ということになる。ANSIについても同様の項目があり、基準のないフェイスシールドを除き同じく「±0.06D以下」「≦0.06D」とJIS基準よりやや厳しい値となっている。参考までに-0.06Dは1600m以上先まで焦点が合う場合に無限遠まで補正する値だが、実際の所JISもANSIも補正で用いる度数ではもちろんなく、どちらも明確に違いが認識できる数値ではないと考えられる。それに加えてANSIでは解像力の項目があり、米国で使用されている旧National Bureau of Standardsのテストチャートによって特定の太さの並んだ線(この規格ではパターン番号20の線)の本数を分離認識できるかで判定される。

3つ目は視感透過率で、色(波長)による目の感度の違いを考慮した可視光の透過率であり、JIS及びANSI共に裸眼比で85%を下回ってはいけないとされている。因みに、80%を超えて100%までの範囲はJIS T 7333「屈折補正用眼鏡レンズの透過率の仕様及び試験方法」では視感透過率カテゴリ「0」に分類され、夜間の運転などに使用できる透過率となっている。このほか、ANSIではJISと異なり先の透過率はクリアレンズの基準としていて、その他可視光や紫外線、赤外線に対する各種フィルターレンズについても透過率別で細かく規定があるのが大きな違いと言える。

光学特性の要件については以上になるが、ANSIではスペクタクル型にPriscription、すなわち視力補正用のレンズの規定がある。JISの場合は眼鏡使用者はゴグルやクリップオンなどを用いる必要があるが、ANSIでは保護レンズに直接度数を入れて用いる事が可能とされているのが特徴となっている。

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次に物理的特性であるが、一部保護性能と重複する部分もあるので、ここでは目を直接保護するための性能を除いたものを解説する。また、他の一般的な規格でも見られる、外観において明確な欠陥、着用者に危害を及ぼすような部位があってはならない、という項目はどちらの規格にも規定されている。

まずは難燃性であるが、JISにおいては650℃以上に熱した線材をレンズやフレーム、バンド等に5秒間押し当て、その後5秒以上燃焼しないことが求められる。ANSIでは温度が650±20℃である以外は概ね同様の試験手順となっている。なお、この項目で除外される部位がいくつかあり、JISではゴグルの顔と接触するクッション部分が、ANSIでは布地とエラスティックバンドについては除外とされている。

次に金属部位の耐食性として、JIS、ANSI共に沸騰させた濃度10%の塩水に15分以上浸漬後、常温の同じ塩水に10分浸漬(ANSIは時間指定なし)させてから24時間以上常温乾燥させて腐食を確認するとなっている。

ここからは、一方の規格にのみ定められている機械的特性をいくつか解説する。JISについては主に表面摩耗抵抗、耐熱性、把持性、ヘッドバンド取付部の強度が挙げられる。表面摩耗抵抗はゴグル型を除き、プラスティックレンズでのみ実施される試験で、粉体や手入れなどでの摩耗に対応したレンズ表面の硬度を確認する項目となっている。内容としてはレンズに対して研削材を落下させた後、レンズの透過光に対して散乱光が8%以下である必要がある。耐熱性は55±2℃の環境に30分以上置いたのちに、23±3℃環境に30分以上置いた際に変形がなく、先述の光学特性を満たすことを確認する。把持性はスペクタクルのみの項目で、第1試験では一方の”ツル”を保持し他方のツルに外側方向に2.94Nで1分間の負荷をかけてレンズが外れないこと、第2試験では両方のツル先端付近を保持して鼻かけ部に1kg以上の負荷を取り付けて1分間保持し、レンズが外れないことを確認する。

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ヘッドバンド取付部の強度はゴグル型の試験で、頭部を模した鋼管を水平に倒してゴグルを上向きにかけ、下側になるヘッドバンド中央に2kg以上(安全帽取り付け用は左右それぞれ1kgづつ)を10分間吊り下げ、取り付け部やヘッドバンドの異常がないことを確認する。

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ANSIにも独自の基準がいくつかある。その1つにレンズの保護範囲があり、通常サイズのものでは幅40mm、高さ33mmを下回ってはならないとされている。また、レンズの厚みにも決まりがあり、後述する強度基準を満たさない通常のものはスペクタクルで3mm以上、ゴグルではガラス製で3mm以上、それ以外で1.27mm、フェイスシールドで1mm以上などの基準がある。保護性能を満たしていればレンズ厚は光学的に不利になるので薄いに越したことはないはずだが、この基準の理由については分からなかった。かなり以前から存在する数値基準らしいので、将来的に何らかの変更はあるかもしれない。

 

長々と性能機能について書いてきたが、ここからようやくこの規格の最も基本的な部分である保護性能になる。JISについては耐衝撃性試験として、直径22mmの鋼球(重量は計算上44g程度)を1.27から1.30mの高さから眼の位置に落下させ、レンズ単体及び完成品それぞれで貫通や割れ、レンズの外れが起きてはならないとされている。ANSIでは完成品の保護具に対して試験が行われ、直径25.4mm、68gの鋼球を127cmの高さから落下させて保護具が破壊されないこと、とされている。参考までに接触面積や硬度などを考慮せず単純な運動エネルギーで比較するなら、JISの約0.56Jに対しANSIは約0.85Jという計算になる。

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そしてANSI独自であり特徴的な基準にImpact Ratedがある。先に解説した通常の試験に加えてこの基準に準拠したImpact Rated Protectorsは一般的には「Z87+」という表記で知られており、通常国内でANSIに準拠していることを”売り”にしている製品は、概ねこのImpact Ratedの要求を満たしているものが多い。このImpact Ratedは日本語で言うと「耐衝撃性」辺りになるが、ANSIにおいては特に耐衝撃性が必要な場合の基準といった所だろうか(なお、先の通常試験はDrop Ball Impact Resistanceという名称になっている)。この耐衝撃基準を満たすための試験項目には主にHigh Mass Impact、High Velocity Impact、Penetration Testの3つがあり、すべて完成品に対する試験になるが、最後の1項はレンズのみの評価となっている。

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High Mass Impactは名前の通り大きな質量の衝撃を加える試験で、通常の試験同様の127cmの高さから500gの”ミサイル”を落下させ、これに耐える必要がある。このミサイルは例えるなら棒の先端がすぼまっているクレヨンのような形状で、円錐状に尖った先端は半径約3mmの半球状に面取りをされている。こちらを先ほど同様に単純な運動エネルギーで考えるなら約6.23Jとなる。また、先述した最低レンズ厚の基準については、この要求を満たしていれば不要とされている。余談になるが、先端の形状が国内の遊戯銃で一般的に使用される直径6mmのプラスティック弾とほぼ同一になるので、そちらの運動エネルギーと比較すると差がイメージしやすいかもしれない。

High Velocity Impactは先の試験と異なり、質量ではなく高速の飛来物に対する試験となっている。こちらは直径6.35mm、1.06gの鋼球をスペクタクルでは45.72m/s、ゴグルでは76.20m/s、フェイスシールド91.44m/s等、それぞれ定められた速度で投射しこれに耐えることを確認する。この試験では、取り付けるダミーヘッドの目に当たる部分にレンズが接触しないことも併せて求められている。こちらも参考までに運動エネルギーで表すと約1.10~4.43J程度になる。

Penetration Testは前述の通りレンズに対する試験項目で、127cmの高さから重りを追加して合計44.2gとしたミシン針を落下させて貫通しない必要がある。こちらも参考としてJで表すと0.55Jとなるが、このエネルギーが針の先端に集中することになる。

 

これに加えて形状等にも決まりがあり、例えば保護範囲については通常の項目に加えて、横から見た場合にレンズの最前面から、眼球の前端より後方に10mm、及び上下にそれぞれ10mmの範囲が、直径1.5mm以上の開口部なしで保護されなければならないとされている。

 

 

以上が、ざっくりではあるがそれぞれの規格の試験項目となる。規格全般を通して見ると、この規格に限らずJIS及び対応する国際規格となるISOについては、重要な項目に焦点を置いている傾向があり、一方のANSIについては比較的細かい部分まで定めている印象がある。個人的意見としては細かい規定のある方が製品を選択する使用者側としては安心である一方、細かく基準を定めた場合は技術の向上や研究結果を踏まえてそれが適切かを定期的に確認し、製造者や使用者の選択の幅を確保する必要があるとも思う。

 

ここまで今回挙げた2つの規格で定められた基準を比較したが、Impact Ratedを除けば特に優劣のような差異はなく、しいて言えば光学基準は同等かJISがやや厳しく、耐衝撃基準はANSIがより高度な要求となっていると言えると思う。また、それぞれの規格によって製品に制約や差異が生じる部分もある。例えば、先の通りJISには視感透過率85%以上のレンズしか規定されていないので、サングラスのような濃いスモークレンズを用いて保護めがねの規格に準拠することはできない。また、JISでは難燃性試験がヘッドバンド等にも適用されるので、収縮するバンド等を使用する場合は素材の難燃性を考慮する必要がある。一方、ANSIにおいてもレンズの厚さが規定されているので、光学基準との両立や重量を考えなければならない。まずないとは思うが、どちらかの規格に準拠した製品を選択する必要がある場合は、規格の違いを考慮するとより適切な製品を選択する参考になるかもしれない。

 

というわけで、今回も文字数だけが多い微妙なまとめになってしまったが、規格の大きな部分は取り上げることができたと思う。なお、国内製品でもANSIに準拠した製品は存在するが、需要が少ない上に国内でANSIの試験項目を実施できる設備がほぼなく、国内企業でもANSIの試験が必要な場合は米国で行うことも多いそうだ。また今回は取り上げなかったが、欧州にも目を保護する個人防護具の規格としてEN 166や関連する規格があり、比較してみるのも面白いかもしれない。